熊本市 子ども部屋
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熊本市のあゆみ

歴史年表(大化〜昭和55年)
元号
年(西暦)(せいれき)
できごと
大化
2 (646) 砂取付近に肥後(ひご)の国府(こくふ)および兵力(へいりょく)4軍団(4ぐんだん)が設置(せっち)
文明
1 (1469) 菊池氏(きくちし)の一族、出田秀信(いでたひでのぶ)千葉城(ちばじょう)を築(きず)く
明応 めいおう
5 (1496) 鹿子木親員(かのこぎちかかず)、古城(こじょう)に居城(きょじょう)を移(うつ)し、隈本城(くまもとじょう)と称(しょう)する
慶長けいちょ う
6〜12
(1601〜 607)
加藤清正(かとうきよまさ)、現在地(げんざいち)に熊本城(くまもとじょう)を築(きず)き、河川(かせん)の築堤(ちくてい)、井戸の掘削(くっさく)など行う
9 (1632)
細川忠利(ほそかわただとし)、肥後藩主(ひごはんしゅ)となる
寛永かんえい

暦ほうれき
4〜6
(1754〜
756)
藩校時習館(はんこうじしゅうかん)、医学校再春館(さいしゅんかん)、蕃滋園(薬草園)などが創設(そうせつ)
明治
3 (1870)
古城(こじょう)に医学校が創設
4 (1871)
廃藩置県(はいはんちけん)により熊本県(くまもとけん)が設置
鎮西鎮台(ちんぜいちんだい)(九州および中国西部を管轄(かんかつ))が設置
熊本洋学校が創立(そうりつ)
7 (1874)
九州最初(さいしょ)の新聞、白川新聞発行
10(1877)
西南戦争(せいなんせんそう)、市街地(しがいち)の大半が兵火(へいか)により焼失(しょうしつ)
19(1886)
熊本逓信管理局(くまもとていしんかんりきょく)(郵務(ゆうむ)・電務関係(でんむかんけい))が設置
20(1887)
第五高等中学校(九州に1校)が創立

22(1889)

4月
市町村制(しちょうそんせい)が施行(しこう)され、熊本市が誕生(たんじょう)
市域面積(しいきめんせき)5.55平方q、
人口42,725人、戸数11,795戸、
市議会議員数(しぎかいぎいんすう)30人、市職員(ししょくいん)48人
6月
赤十字社熊本支部設立(せきじゅうじしゃくまもとしぶせつりつ)
新南千反畑町、現在(げんざい)の白川公園前に市役所が開庁(かいちょう)
7月
第五高等中学が古城(こじょう)から黒髪(くろかみ)に移転(いてん)

23(1890)

10月
教育勅語発令(きょういくちょくごはつれい)(井上毅(いのうえこわし)と元田永孚(もとだながざね)が立案(りつあん))
11月
第1回帝国議会(ていこくぎかい)が開会
24(1891) 7月
門司(もじ)・熊本間の九州鉄道が開通
熊本電燈会社(くまもとでんとうがいしゃ)が開業し九州に初めて電燈(でんとう)がともる
11月
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲(こいずみやくも))五高に着任(ちゃくにん)
25(1892) 塘林虎五郎が貧児寮(ひんじりょう)(現大江学園(げんおおえがくえん))を設立
27(1894) 7月
孤児(こじ)・貧児(ひんじ)の養育を目的(もくてき)とした天使園が設立
8月
日清戦争勃発(にっしんせんそうぼっぱつ)
28(1895) 11月
イギリス人ハンナ・リデル女史(じょし)が回春病院設立(かいしゅんびょういんせつりつ)
29(1896) 4月
夏目漱石(なつめそうせき)が五高に着任、熊本を森の都と称賛(しょうさん)
9月
私立医学校(しりついがっこう)が設立
31(1898)

1月
熊本専売支局(くまもとせんばいしきょく)が黒髪町(くろかみまち)に葉煙草専売所設置(はたばこせんばいじょせっち)
10月
フランス人、ジョン・メリー・コール神父が癩救済の徒労院(とろういん)を設立
この年、市立避病院設立(しりつひびょういんせつりつ)(後の白川病院)
第23連隊練兵場(れんたいれんぺいじょう)が山崎町(やまさきまち)から渡鹿(とろく)に移る

33(1900) 7月
市内に大洪水(だいこうずい)、白川の橋ほとんど流失(りゅうしつ)し、子飼橋付近(こかいばしふきん)溺死者多数(できししゃたすう)
35(1902) 11月
明治天皇(めいじてんのう)をお迎(むか)えし、陸軍特別大演習(りくぐんとくべつ)を挙行(きょこう)
行幸橋を架設(かせつ)

36(1903)

3月
市区改正(しくかいせい)の事業と新市街(しんしがい)の事業完成(じぎょうかんせい)
37(1904) 2月
日露戦争勃発(にちろせんそうぼっぱつ)
39(1906)

3月
熊本高等工業(こうぎょう)学校設立
9月
夏目漱石が「草枕(くさまくら)」を発表

40(1907) 12月
熊本軽便鉄道株式会社(くまもとけいびんてつどうかぶしきがいしゃ)が安巳橋(やすみはし)・水前寺間に軽便鉄道を敷設(ふせつ)
41(1908) 2月
人力車争議おこる(じんりきしゃそうぎ)
42(1909) 鹿児島本線全線開通(かごしまほんせんぜんせんかいつう)
43(1910) 1月 
薬学専門学校発足(やくがくせんもんがっこうほっそく)
4月 
女子師範学校発足(じょししはんがっこうほっそく)
6月 
熊本ガス株式会社(かぶしきがいしゃ)が開業

鎮台花畑本営(ちんだいはなばたほんえい)と熊本城、現在(げんざい)の市民会館(しみんかいかん)前から撮影(さつえい)したもので大小天守閣(だいしょうてんしゅかく)が見える。明治(めいじ)5年頃(5ねんごろ)。

 

 

明治(めいじ)34年に市内の電話が開通した。交換手(こうかんしゅ)の白い上衣(うわぎ)、紫袴(むらさきはかま)は当時の女性(じょせい)の憧(あこが)れだった。

 

軽便鉄道。(けいびんてつどう)
K.K.T.Kは熊本軽便鉄道株式会社(くまもとけいびんてつどうかぶしきがいしゃ)の略(りゃく)。

 

旧熊本城南大手入口(きゅうくまもとじょうみなみおおていりぐち)の下馬橋。明治(めいじ)35年11月の陸軍(りくぐん)大演習(だいえんしゅう)の際(さい)、行幸坂、行幸橋が造(つく)られ姿(すがた)を消した。

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元号
年(西暦)せいれき
できごと
明治
44(1911) 4月
市立実科高等女学校開校
市立工業徒弟学校開校(しりつこうぎょうとていがっこうかいこう)
10月
菊池軌道株式会社(きくちきどうかぶしきがいしゃ)が上熊本(かみくまもと)・広町間敷設(ふせつ)
大正
2(1913) この年、熊本軌道(きどう)が田崎(たさき)・百貫(ひゃっかん)港、田崎・高麗門(こうらいもん)に開通
3(1914)

7月 第1次世界大戦はじまる

7(1918)

7月
全国に米騒動(こめそうどう)
10月
スペイン風邪(かぜ)が流行し、全国で死者15万人

9(1920)

10月
第1回国勢調査(こくせいちょうさ)で、 市人口70,388人
戸数 13,817戸

10(1921)

6月
隣接(りんせつ)11ヵ町村を合併(がっぺい)、人口133,467人、戸23,819戸の大熊本市(だいくまもとし)が発足
(黒髪・池田・花園・島崎(しまざき)・ 横手・春日・古町・本荘(ほんじょう)・ 春竹・大江(おおえ)・本山)

11(1922)

4月
熊本市立実科高等学校(くまもとしりつじっかこうとうがっこう)が熊本市立高等女学校(くまもとしりつこうとうじょがっこう)となる
5月
熊本医学専門学校(くまもといがくせんもんがっこう)が医科大学に

12(1923)

12月
手取本町に市役所新庁舎完成(しんちょうしゃかんせい)

13(1924)

8月
市営電車開通(しえいでんしゃかいつう)(車輛(しゃりょう)15台)
開通に伴い(ともな)鉄筋(てっきん)コンクリート大甲橋(たいこうばし)を架設(かせつ)
11月
熊本市上水道完成(くまもとしじょうすいどうかんせい)

14(1925)

市三大事業(市電、上水道、23連隊移転(れんたいいてん))完成記念共進会開催(かんせいきねんきょうしんかいかいさい)
入場者133万人
4月
出水村を市に合併(がっぺい)

昭和
2(1927)

2月
長六橋(ちょうろくばし)を近代式鉄橋(きんだいしきてっきょう)に架け替(かけか)える
12月
市営(しえい)バス発足(バス17台)
この年、市及(およ)び市付近(しふきん)の人力車812、乗用馬車4、自動車115

3(1928)

2月
第16回総選挙(そうせんきょ)、最初(さいしょ)の普通選挙(ふつうせんきょ)行われる
6月
NHK熊本放送局(ほうそうきょく)でラジオ初放送(はつ)
9月
御大典記念事業として、陸上競技場(りくじょうきょうぎじょう)・野球場が完成(かんせい)

4(1929)

7月
水前寺動物園が開園

5(1930)

3月
熊本市歌を制定
4月
市営勧業館(しえいかんぎょうかん)が新市街に開館
10月
市公会堂新館(しこうかいどうしんかん)が開館

6(1931)

6月
白坪村(しらつぼむら)を市に合併(がっぺい)
11月
天皇陛下(てんのうへいか)をお迎(むか)えし、熊本平野(くまもとへいや)等で陸軍特別(りくぐんとくべつ)大演習(だいえんしゅう)を挙行(きょこう)

7(1932)

9月
失業救済(しつぎょうきゅうさい)の土木事業開始
12月
画図村を市に合併

8(1933)

3月
花園市営墓地開設(はなぞのしえいぼちかいせつ)

10(1935)

3月
新興熊本大博覧会(しんこうくまもとだいはくらんかい)を開催(かいさい)

11(1936)

11月
健軍村(けんぐんむら)を市に合併

14(1939)

4月
清水村(しみずむら)を市に合併

15(1940)

12月
川尻町(かわしりまち)、日吉村(ひよしむら)、力合村を合併
この年、市営バスに木炭車登場

16(1941)

12月
太平洋戦争勃発(たいへいようせんそうぼっぱつ)

17(1942)

4月
九州日日新聞と九州新聞が統合(とうごう)され、熊本日日新聞(くまもとにちにちしんぶん)が発足

18(1943)

学徒(がくと)、女子挺身隊(じょしていしんたい)の戦時動員開始(せんじどういんかいし)
健軍(けんぐん)に三菱重工業(みつびしじゅうこうぎょう)航空機製作所(こうくうきせいさくしょ)が完成する

19(1944)

3月
市電気局が市交通局と改称(かいしょう)

20(1945)

6月
市立本荘産院(しりつほんじょうさんいん)が発足
7月
7月・8月の空襲(くうしゅう)で市の大半が焦土(しょうど)と化す
8月
終戦(しゅうせん)の詔書放送(しょうしょほうそう)

21(1946)

2月
市立市民病院発足(しりつしみんびょういんほっそく)
11月
日本国憲法公布(にほんこくけんぽうこうふ)(新憲法(しんけんぽう))
学校給食開始(がっこうきゅうしょくかいし)

22(1947)

4月
市長、県知事が初(はじ)めて公選(こうせん)で決まる
国民学校(こくみんがっこう)が小学校に、また新制中学(しんせいちゅうがく)が誕生(たんじょう)
5月
憲法(けんぽう)、地方自治法施行(ちほうじちほうしこう)

23(1948) 3月
市消防本部設置(ししょうぼうほんぶせっち)
市立母子寮(しりつぼしりょう)を開設(かいせつ)
市自治警察本部設置(しじちけいさつほんぶせっち)
4月
新制高等学校発足(しんせいこうとうがっこうほっそく)
24(1949) 4月
「火の国まつり」開始
市立実務員養成所(しりつじつむいんようせいしょ)(後の実務商業(じつむしょうぎょう))を開設
5月
天皇皇后両陛下(てんのうこうごうりょうへいか)ご来熊
国立熊本大学発足(こくりつくまもとだいがくほっそく)、県立熊本女子大学創設(けんりつくまもとじょしだいがくそうせつ)
市立熊本保健所(しりつくまもとほけんじょ)を上林町に開設

 

 

大正12年12月、市役所新庁舎完成(しんちょうしゃかんせい)。

大正13年8月1日市電開通。救助網(きゅうじょもう)がついている開通当時の13型(13がた)電車。

昭和2年12月から17台の市営(しえい)バスが走り始めた。 (写真は昭和8年6月)

昭和4年7月に水前寺動物園が開園。

昭和5年10月 市公会堂新館(しこうかいどうしんかん)が開館。昭和43年市民会館(しみんかいかん)の出現(しゅつげん)に伴(ともな)い取りこわされた。

昭和10年3月から5月にかけて開かれた新興熊本大博覧会(しんこうくまもとだいはくらんかい)

昭和10年頃(10ねんごろ)の新市街記念碑(しんしがいきねんひ)前、市営(しえい)バスの発着所。左に専売局(せんばいきょく)と公会堂(こうかいどう)、右に勧業館(かんぎょうかん)、電話局が見える。

 

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元号
年(西暦)
できごと
昭和 25(1950) 6月
朝鮮戦争勃発(ちょうせんせんそうぼっぱつ)
7月
市競輪事業開設(しけいりんじぎょうかいせつ)
熊本市立産院開設(くまもとしりつさんいんかいせつ)
26(1951)

4月
市教育研究所(しきょういくけんきゅうじょ)を設置

27(1952)

1月
市立博物館開館(しりつはくぶつかんかいかん)
7月
住民登録制度(じゅうみんとうろくせいど)を実施(じっし)

28(1953)

4月
田迎村(たむかえむら)、御幸村(みゆきむら)を市に合併
6月
豪雨(ごうう)、大水害(だいすいがい)で市人口の66%が罹災(りさい)
7月
池上村、高橋村、城山村(じょうざんむら)を市に合併
10月
市立図書館発足
ラジオ熊本開局(かいきょく)

29(1954)

6月
市自治警察廃止(しじちけいさつはいし)
10月
秋津村(あきつむら)を市に合併
市電30年記念(きねん)「交通観光博覧会(こうつうかんこうはくらんかい)」を開催(かいさい)

30(1955)

4月
松尾村(まつおむら)を市に合併

31(1956)

4月
託麻村(たくまむら)の一部を市に合併

32(1957)

1月
小島村、龍田村(たつたむら)を市に合併
7月
大水害(だいすいがい)で市の33%が浸水(しんすい)し、金峰山周辺(きんぽうざんしゅうへん)の山津波(やまつなみ)で死者、行方不明者多数(ゆくえふめいしゃたすう)を出す

33(1958)

2月
NHK熊本テレビ開局
4月
中島村を市に合併
天皇皇后両陛下(てんのうこうごうりょうへいか)ご巡幸(じゅんこう)で立田山、水前寺などをご観覧(かんらん)
第30回選抜高校野球大会(せんばつこうこうやきゅうたいかい)で済々黌が優勝(ゆうしょう)
9月
熊本市体育館(くまもとしたいいくかん)が水前寺公園横に完成

34(1959)

4月
国民年金制度発足(こくみんねんきんせいどほっそく)
7月
国民健康保険制度発足(こくみんけんこうほけんせいどほっそく)

35(1960)

4月
熊本空港開設(くまもとくうこうかいせつ)
5月
愛(あい)市憲章(しけんしょう)を制定
8月
熊本城天守閣再建完成(くまもとじょうてんしゅかくさいけんかんせい)
9月
第15回国民体育大会(こくみんたいいくたいかい)を開催
12月
西保健所(にしほけんじょ)を開設

37(1962)

3月
天守閣再建記念(てんしゅかくさいけんきねん)「躍進熊本大博覧会(やくしんくまもとだいはくらんかい)」開催

38(1963)

4月
北部清掃事業所開所(ほくぶせいそうじぎょうしょかいじょ)

39(1964)

4月
市総合計画策定(しそうごうけいかくさくてい)(マスタープラン)
10月
「まちをキレイにする運動」がはじまる
12月
東部汚水処理場完成(とうぶおすいしょりじょうかんせい)

40(1965)

4月
市食肉センター開所
この年、市内全小学校にプール完成

41(1966)

9月
西部清掃事業所開所(せいぶせいそうじぎょうしょかいじょ)
市民相談室(しみんそうだんしつ)を設置
10月
熊本保健所(くまもとほけんじょ)が九品寺1丁目に新装発足(しんそうほっそく)

42(1967)

3月
出水町に県庁(けんちょう)新庁舎(しんちょうしゃ)が完成

43(1968)

1月
市民会館開館(しみんかいかんかいかん)
4月
市社会教育会館が開館
市育英奨学制度創設(しいくえいしょうがくせいどそうせつ)

44(1969)

4月
熊本(水辺(すいへん))動物園が完成し、「熊本動物大博覧会(くまもとどうぶつだいはくらんかい)」を開催
8月
熊本市章(くまもとししょう)きまる

45(1970)

11月
託麻村(たくまむら)を市に合併

46(1971)

4月
新熊本空港開設(しんくまもとくうこうかいせつ)
5月
市勤労青少年(しきんろうせいしょうねん)ホーム開館
6月
九州縦貫自動車道(きゅうしゅうじゅうかんじどうしゃどう)(熊本・植木間)開通
7月
熊本市基本構想(きほんこうそう)きまる

47(1972)

10月
「森の都」を宣言(せんげん)し、森の都作戦(さくせん)を展開(てんかい)
12月
秋津下水処理場(あきつげすいしょりじょう)が完成

48(1973)

1月
戸島町に市斎場開設(しさいじょうかいせつ)
5月
学校給食東共同調理場(がっこうきゅうしょくひがしきょうどうちょうりじょう)が完成

49(1974)

6月
勤労婦人(きんろうふじん)センターを本山町に開設
10月
西部、南部市民(なんぶしみん)センターが完成
森の都のシンボルとして市の木「イチョウ」、市の花「肥後(ひご)ツバキ」がきまる

50(1975)

5月
身体障害者福祉(しんたいしょうがいしゃふくし)モデル都市に指定される
9月
南千反畑町に中央老人(ちゅうおうろうじん)福祉(ふくし)センターが完成
10月
市立金峰山(しりつきんぽうざん)少年自然の家(しょうねんしぜんのいえ)が開所

51(1976)

3月
「地下水保全都市(ちかすいほぜんとし)」を宣言

52(1977)

4月
西南の役(せいなんのえき)百周年記念式典(きねんしきてん)を行う
5月
熊本市人口が50万人を突破(とっぱ)
9月
錦ヶ丘(にしきがおか)に東部市民(とうぶしみん)センター完成
地下水保全条例(ちかすいほぜんじょうれい)を制定

53(1978)

4月
新しい熊本博物館(はくぶつかん)が開館

54(1979)

4月
東部清掃工場完成(とうぶせいそうこうじょうかんせい)
新熊本市民病院開設(しみんびょういんかいせつ)
7月
東部保健(とうぶほけん)センターが開所
龍田市民(たつたしみん)センター完成
10月
「健康都市(けんこうとし)」を宣言
中国・桂林市(けいりんし)と友好都市締結(ゆうこうとしていけつ)
市制(しせい)90周年記念式典(きねんしきてん)を行う
養護(ようご)老人(ろうじん)ホーム明生園開園

55(1980.) 6月
身障害(しんしょうがい)福祉(ふくし)センター希望荘開設(きぼうそうかいせつ)
8月
水害(すいがい)で約16,900人の市民の罹災者(りさいしゃ)を出す
12月
熊本市総合計画基本構想(くまもとしそうごうけいかくきほんこうそう)きまる
「昭和28年6月26日」大水害(だいすいがい)の惨状(さんじょう)。至(いた)る所泥(どろ)の山。流出した家財(かざい)などで復旧(ふっきゅう)に多くの人で、資材(しざい)と日数を要(よう)した。


昭和35年10月、第15回国民体育大会(こくみんたいいくたいかい)は、全国から1万3千人が集まり盛大(せいだい)に開催(かいさい)された。



昭和35年9月、83年ぶりに熊本城天守閣(くまもとじょうてんしゅかく)が再建された。


昭和43年1月6日市民会館(しみんかいかん)が完成(かんせい)。一、八〇〇人収容(しゅうよう)の大ホールと各種(かくしゅ)の会議室(かいぎしつ)を備えた(そな)近代建築(きんだいけんちく)。


昭和46年6月、熊本・植木間の高速自動車道が開通した。


郷土(きょうど)熊本に根ざした西日本一を誇(ほこ)る熊本博物館(くまもとはくぶつかん)が昭和53年4月1日に開館した。
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