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〈13〉漱石の旅

最終更新日:2017年8月23日
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久留米森林つつじ公園の句碑

〈13〉漱石の旅

 熊本時代の漱石は、北九州への新婚旅行をはじめとして、よく旅行をしています。修学旅行の引率や、福岡・佐賀への出張は公的な旅行ですが、そのほかにも久留米・小天・阿蘇・耶馬渓へ出かけ、たくさんの俳句を残しています。
  凩や海に夕日を吹き落とす
 凩の吹きすさぶ中、まるで吹き落とされるかのようにあっという間に水平線に落ちていく夕日を詠んだものですが、天草・島原地方への修学旅行で作ったものと思われます。


 それは、明治29年(1896)11月14日から19日までの5泊6日で行われた、漱石が初めて参加した修学旅行でした。当時の修学旅行は、軍事演習を兼ねており、生徒は軍隊のように行軍し、所々で2軍に分かれて発火演習(実弾を込めず、火薬だけで行う射撃練習)を行い、実戦形式で訓練しました。学校から、三角を経由して本渡、富岡へ至り、そこから島原・雲仙に渡り、熊本に帰るというコースです。春日停車場(現熊本駅)から宇土駅までは鉄道、三角港から本渡、富岡から島原の小浜、島原から坪井川口までは舟を利用しましたが、あとはすべて徒歩です。


 生徒たちは各地で非常な歓迎を受け、発火演習には見物客も多く訪れました。現地の生徒たちとの交流なども行っています。体力・忍耐力の強化と団体行動が修学旅行の主な目的でした。漱石は、明治31年の山鹿地方への修学旅行にも参加しています。


 新婚旅行後の、私的な最初の旅行は、明治30年の春休みに行った久留米旅行です。久留米は友人でもあり、同僚でもあった菅 虎雄の故郷でした。菅の案内があったかどうかはわかりませんが、高良山に登って高良大社に詣で、そこから耳納連山を越えて、発心桜を見ました。山上から筑後平野を見渡して詠んだのが
  菜の花の遙かに黄なり筑後川
という俳句です。これは、のちに『草枕』の風景に取り入れられたとも言われています。


 あいにくと天気は曇り空から雨模様となったようで、山路を歩く人もいなかったのでしょうか。

  人に逢はず雨ふる山の花盛
という句を詠んでいます。発心山は、江戸時代には山頂から山麓まで桜の木が咲き誇り、代々久留米藩主が花見をしていた所でした(野口健司「漱石の見た耳納連山」2014・10)。


  松をもて囲ひし谷の桜かな
 戦前までは公園の周りの山はアカマツの林だったそうです(野口健司、同上)。現在も、発心公園には170本ほどの桜の木があって、多くの花見客が訪れます。漱石がこの久留米旅行で詠んだ俳句のうち五句が句碑に刻まれ、耳納スカイライン沿いに建てられています。


 旅は、漱石に日常とはかけ離れた豊かな時間と多くのインスピレーションを与えたと言えます。
                                 (くまもと漱石倶楽部会員・熊本大学五高記念館客員准教授 村田 由美)
                              

 

 

 

句碑


発心公園の桜

久留米森林つつじ公園の句碑

ー遠くに筑後平野が見渡せる                

発心公園の桜

            

 

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