N A T S U M E S O S E K I出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」
(https://www.ndl.go.jp/portrait/)
令和8年は夏目漱石の「来熊130周年・没後110年」、令和9年は「生誕160年」の記念の年です。本市が取り組むさまざまな記念事業とともに、熊本に残る漱石ゆかりの地の魅力を紹介します。この機会に、漱石の魅力に触れてみませんか。
漱石が歩んだ人生
慶応3(1867)年1月5日(陰暦)
幕末に誕生父、夏目小兵衛直克、母千枝の五男として誕生。生まれた日が庚申(こうしん)の日で、この日に生まれたものは、悪くすると大泥棒になるとの俗信があり、「金」の字を付けるとそれが逃れられると言われていたため金之助、と名付けられた。明治29(1896)年
松山から熊本の地へ4月 第五高等学校英語教師として赴任→❶5月 「敗屋」と呼ぶ家に転居 下通町103番地に転居→❷6月 キヨ(通称:鏡子)と結婚9月 合羽町237番地(坪井2丁目付近)に転居明治30(1897)年
「大江村」へ9月 大江村401番地に転居→❸暮れから翌年正月にかけて、山川信次郎と小天旅行へ小天温泉への旅が小説の舞台となっている名作『草枕』明治31(1898)年
市内を転々と3月 井川淵町8番地(藤崎八旙宮近く)に転居7月 内坪井町78番地(現存)に転居→❹明治32(1899)年
漱石、熊本で父になる5月 長女筆誕生8月 五高の同僚・山川信次郎と阿蘇登山小説『二百十日』は、この阿蘇登山の体験がモデルといわれている明治33(1900)年
熊本7回目の転居後、横浜から英国へ4月 北千反畑町78番地(現存)に転居→❺9月 横浜から英国へ出発参考 熊本近代文学研究会『漱石の熊本研究年表』(2025.2、花書院)
熊本に残るゆかりの地
漱石は明治29年(1896年)4月13日、第五高等学校(現在の熊本大学)の英語教師として池田停車場(現・JR上熊本駅)に降り立ち、4年3カ月の間、この地で過ごしました。その間、7回引っ越しをしましたが、そのうち3軒が現存し、2軒は漱石が住んだ当時の場所に家があります。現地に漱石の旧居が残っているのは熊本だけです。
五高記念館 ❶
漱石が教壇に立っていた赤レンガの建物で、資料館として一般公開されています。
大江旧居 ❸
現在の新屋敷1丁目にあったものを水前寺成趣園近くに移築復元しています。
内坪井旧居 ❹
鏡子夫人が「一番いい家だった」と語っています。長女の筆はこの家で誕生。
北千反畑旧居 ❺
通勤途中に建設中の家を見て気に入り、借りたと伝えられています。
人柄から夏目漱石を知る。好きになる。
新感覚のポップな文学ミュージアム
夏目パージアム ❷
漱石の人柄や世界観に気軽に触れることができます。漱石と「会話」ができる仕掛けも!
文化政策課
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