講演要旨
今日はSDGsを支える学術的な基盤を踏まえながら、SDGsの意義と国内での具体的な展開について、私が関与した取組とあわせて紹介していきたい。
現代は人間活動の影響が地球の許容量を超えているということを、ストックホルム・レジリエンスセンターの研究者だったウィル・シュテファンとヨハン・ロックストロームは「プラネタリー・バウンダリー」という概念を提唱して、様々な科学的指標を用いて示した。例えば、現在100万種の生物が人間の影響で絶滅の危機に瀕しているし、農薬と化学肥料により窒素やリンが過剰にばら撒かれ、陸域や沿岸域は著しく富栄養化している。またオランダの大気化学者クルッツェンは、大気中のCO₂や海洋中のプラスティックの排出など人間活動の環境に与える影響の大きさから、現代はもはや完新世ではなく「人新世」とも言うべき地質時代にあると主張した。これについては国際地質学会の専門委員会で、真剣に議論がされている。こうした状況に対し、ヨハン・ロックストロームはその著書「小さな地球の大きな世界:プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発」(邦題)の中で、まず環境の枠の中で社会を考え、社会の枠の中で経済成長をはかるという構造にしていく必要があると述べている。
SDGsは17のゴール、169のターゲット、約240のインディケーターから成る。この共通の物差しを用いることで世界と繋がり、地域にも取組を展開できる。また、国際機関、各国政府、地方自治体、企業、NGO、大学などの様々なステークホルダーが共同で取組むことで、資金や人的資源を効率的に活用できるようになる。SDGsに関する取組では、関係の強い特定の目標だけを意識するのではなく、他の目標にも目を配る必要がある。またSDGsは、開発途上国を対象としたミレニアム開発目標が前身であることが影響して、人口減少や高齢化、過疎化などの先進国の問題が含まれていないが、状況にあわせて目標を追加するような工夫が必要だ。
国連によるSDGsの策定プロセスで特徴的だったのは、オープン・ワーキング・グループで議論したことである。これいより従来は国の代表のみが発言できたのに対し、様々な人が議論に参加し、発言できるようになった。メールでも意見を受け付けた。
SDGsを支える「5つのP」というものがある。まず、人々(People)の福利を追求し、地球(Planet)環境への負荷をなくす。そしてパートナーシップ(Partnership)で連携する。また、持続可能性を脅かす紛争を解決して平和(Peace)を達成する。5つ目の豊かさ(Prosperity)については、単に経済面だけではなく、例えばケンブリッジ大学のパーサ・ダスギュプタが提唱した「inclusive wealth(包括的な富/福利)」の概念にあるように、人々の健康や幸せなども含めて考えるべきと言われている。
SDGs以外にも、気候変動枠組条約や生物多様性条約など大事な国際的合意がある。前者については2015年にパリ協定が合意され、後者では2010年に名古屋で採択された愛知目標の後継である、2030年に向けた目標が決定予定である。するとSDGs、パリ協定、ポスト愛知目標とも2030年という同じ目標年に向かって世界中で取組が進められていくことになり、これら相互の連関を深めていくことが重要である。
こうした国際的合意のローカルな展開に関して、2018年に閣議決定した「第五次環境基本計画」では「地球循環共生圏」という考え方を提唱した。環境と社会と経済を総合的に向上させ、脱炭素社会、資源循環型社会、自然共生社会の形成を統合化して、SDGsのローカル化にふさわしい地域圏を形成するという考えである。なおこれに関連して、2010年の生物多様性条約の会議を契機に展開した「SATOYAMA イニシアティブ」は、生物多様性条約の2番目の目的である生物多様性の持続可能な利用に資する取組として現在も続いている。
地球循環共生圏の例として、兵庫県の北摂里山地域では、バイオマスを中心とした資源循環の他、食料の問題や太陽光発電と農業の適正な組み合わせ等の問題に取り組んでいる。また熊本県の南阿蘇では、野焼き等により維持される豊かな生物多様性と、湧水群を活用したツーリズム等の取組みを複合的に展開し、農業と観光を活かした地球循環共生圏が考えられている。
各国によるSDGsの進捗レビューと国連の会議での報告が始まっているが、私たちは地方自治体もこれを行うことを提案し、これまで北海道の下川町、富山市、北九州市、浜松市の首長が国連での会議に参加・報告している。下川町では森林バイオマスの活用と地域の集住に関する取組、富山市では車から公共交通への転換に関する取組が行われている。公害の克服経験のある北九州市はアジアの都市環境改善に向けた技術展開をはかっている。浜松市は広大な流域を市域とするため地域循環共生圏を考えるのにふさわしい自治体である。
地域循環共生圏についても国際展開をしていきたい。自治体においては、世界の国々との交流連携も視野に入れながら、取組を進めていただけると良いと思う。
※講演会要旨の文責は都市政策研究所にあります。
※内容の詳細は講演録をご覧ください。