川尻地区のまち歩きをもっと楽しく!「川尻散策町図」
本市では、歴史まちづくり計画の重点区域である城下町地区の散策マップ「城下町散策町図」に引き続き、もう一つの重点区域である川尻地区の散策マップ「川尻散策町図」を制作し、本市観光案内所や川尻地区各所にて配布しております。
紙面のマップに加え、多層ターゲットの取込を図るべく、江戸時代の再生古地図と標準地図との切替が出来るWeb版マップの2種類を公開!
まち歩きが楽しくなるマップを片手に、川尻地区をお散歩してみませんか。
川尻地区の概要と散策マップについて
<川尻地区の概要>
熊本市中心部の南方約8kmに位置する川尻地区。
貿易港・軍港として栄え、江戸時代のままの町筋と歴史的建造物が今もなお残っています。藩の年貢米の集積地であった熊本藩川尻米蔵や船着場跡のほか、造り酒屋の白壁などを眺めながら歩く、町並み散策がおすすめです。
<川尻散策町図(紙面)>
マップについては、桜の馬場城彩苑総合観光案内所、熊本駅総合観光案内所、川尻地区各所にて配布しております。


<川尻散策町図(Web版)>
天保3年の川尻町絵地図や各種史料を元に、緯度経度や文字を調整した再生古地図を制作し、イラストマップをスマホやPC上で見られるambula map
(外部リンク)に掲載しました。
GPS機能で現在地が分かり、標準地図との切り替えもできるので、まち歩きの強い味方!
さらに、紙媒体のマップには掲載しきれなかった新たな情報を随時更新しています。


利用料無料!ブラウザ及びアプリ(登録不要)で楽しめます。
※通信にかかる費用はお客様のご負担になります。


市電で巡る「城下町散策町図」
市電で巡る「城下町散策町図」 のご案内
熊本城の眼下に広がる城下町には、今でも江戸時代から受けつがれてきた歴史に触れられる風情豊かなまちなみが広がっています。
近代的な建物が建ち並ぶなか、静かにたたずむ町家、寺社、石塀、橋、自然、その中をゆったりと走る路面電車が、まちの歴史を雄弁に語ってくれます。
いつもより歩みの速度をゆるめて、時には足をとめて、市電で巡る城下町熊本の小旅行に出かけて見ませんか。
城下町散策町図は、熊本市観光案内所各所(熊本市観光ガイドHP
(外部リンク))に設置しております。
GPS機能で現在地が分かり、ワンタップで標準地図へ切り替えもできるので、まち歩きの強い味方!さらに、紙媒体のパンフレットには無い、新たな情報を追加しております。
利用料無料!ブラウザ及びアプリ(登録不要)で楽しめます。
※通信にかかる費用はお客様のご負担になります。
新町・古町地区の城下町旧町名板について
■はじめに
この事業は、熊本城築城400年にあわせ、魅力ある街並み形成を図るため、「城下町散策町図」(平成17年度)で紹介している新町・古町地区を対象に、地域住民との協働で、新町地区では平成18~19年度に、古町地区では平成20~21年度に「城下町旧町名板」の設置を行いました。
また、この事業は、平成17年度に策定された「熊本駅都心間協働のまちづくり事業」の関連事業となっています。
■目的
この旧町名板は、以下の3点を目的としてデザインを作成し、設置しています。
(1)街並みや歴史を感じさせます。
まちの中に「まちの色」や「旧町名」を表出することで城下町「新町・古町」を意識させます。
(2)まち案内を促進します。
熊本城築城400年に向け、歴史勉強会の成果を活かしたまちの紹介を行います。
(3)暮らしに活かします。
子どもたちや新住民がまちを知る機会づくりや位置を教える場合の指標とします。
わが輩通り
わが輩通り
☆「わが輩通り」ポケットパーク整備の経緯
熊本市では、平成10年に人々が憩うことができる通りづくりが出来ないかと考え、民間の活用されていない土地を活用したポケットパーク整備を検討しました。その結果、「わが輩通り」をモデルケースとして整備を行なうこととしました。平成11年度には、上熊本・広丁通り漱石100実行委員会の企業と協議を行い、整備の方針や名称板のデザインを決定しました。デザインにあたっては、熊本市広告美術協同組合に協力をお願いし、上熊本商栄会や通り沿いの学校、企業の協力を得て平成12年度までに整備を完成しました。
☆「わが輩通り」の由来
わが輩通りは、平成8年の漱石来熊100周年を記念し、県道鈴麦線(藤崎宮~広丁~上熊本駅~崇城大学)沿線の企業10社による上熊本・広丁通り漱石100実行委員会が行なった、通り愛称の公募により名づけられました。「わが輩通り」という名称には、5,286件応募の中で153件の応募がありました。なお、漱石が熊本市にいた明治29年~32年には、わが輩通り(県道鈴麦線)は存在していません。漱石は上熊本駅から京陵中学校前~新坂~子飼を通って第五高等学校へ赴任しました。京陵中学校前には京町本丁漱石記念緑道が整備されています。
(わが輩通り名称板のヒゲの人物は小説「吾輩は猫である」の主人公「名無しの吾輩」の飼主 珍野苦沙弥先生です。)
☆ポケットパーク整備の内容
「わが輩通り」という名称は夏目漱石の小説「吾輩は猫である」を連想させることや、通り沿いに漱石第5旧居や漱石のブロンズ像が設置されている上熊本駅があることから、明治レトロ調(アールヌーボー風)のデザインとしました。また、吾輩は猫であるにちなんだ猫の像や漱石・珍野苦沙弥先生・猫の共通点であるひげをシンボル化した通り名称板を設置しました。なお、名称板の先端の猫のロゴマークは「わが輩は猫でR」といいます。
☆くまもと景観賞受賞
わが輩通りポケットパークのサインは、熊本県が行なう「くまもと景観賞」において、サイン部門の「まちなみ広告景観賞」を平成13年に受賞しています。
漱石俳句ing
漱石俳句ing -漱石が詠んだ景観-
文豪夏目漱石は、明治29年から33年までの4年3ヶ月にわたり、熊本の第五高等学校で教鞭をとっていました。漱石は正岡子規と親友で、自らも俳句をたくさん詠んでいます。特に、熊本時代は俳句に凝っており、約千句の句をつくっています。その中から、熊本市の風景を詠んだ句を選び、紹介します。見てみたい場所をクリックして下さい。