講演要旨
今日の話の鍵は、「水土の知」です。「水土」という言葉は、「風土」と同じような意味で使われます。水と土を中心とする地域の自然の資源と人との関わりの仕組み全体を「水土」と言います。その「水土」に備わる知を次の7つの働きとして整理しました。見極める、使い尽くす、見定める、大事にする、見試す、見通す、仲よくする。この7つの機能をいかに仕立て直すかがポイントと考えます。
さて、灌漑とは、水路などの施設を人々が共同で建設利用して、農地に水を供給することです。土壌に水を供給して作物の生育条件を整え、改善することが目的ですが、温度環境のコントロール、雑草の発生の抑制、肥料の働き方のコントロールといった役割や、耕しやすくなったり、収穫しやすくなったりという効果もあります。また、灌漑には空間的な範囲も広いものがあります。時間調整のスケールもさまざまです。その仕方によって、地域の水循環を人為的に調整するのが灌漑です。世界では、約20%の灌漑農地で世界の食料の約40%が生産されており、食料生産に与える灌漑の効果は大きいと認識されています。
日本の水田は近世に急増し、水利施設の基本的な骨格ができあがりました。非常に大きな面積ですが、それを春先に一斉に水を張ることができるシステムを維持してきました。人間が手を入れた安定した水循環のシステムができあがり、それに対応して多様な生物の生息条件も整えられたわけです。現在、水田の作付けはピークの半分に減っています。これが日本の水の環境、あるいは水の管理に大きく影響しています。
日本の農業農村整備事業の特徴は、農家からの申請を基礎にしていることと、受益農家の3分の2以上の同意での実施が原則になっていることです。農家が手を挙げて実施しますから、国が実施する国営事業であっても、農家も建設費用の一部を負担します。水田の整備が進んで、水田のための用排水路の延長は非常に大きくなっています。近年、一部で老朽化が進み、維持管理に多大な労力やコストを要するようになり、ライフサイクルコストを長くする取組がなされています。また、基盤の整備とともに生活環境の整備も一体的に整備することが進められています。農業・農村をめぐる課題としては、まず国全体の経済に占める農業のウェイトが小さくなっていることです。農家数は減少し、高齢化も進んでいます。農村地域では、非農家の割合が増え、混住化が進んでいます。一方、企業的な大規模農家も増えています。これらの課題に対応するために、土地改良長期計画などでは農村協働力の仕立て直しが謳われています。これは農村に住む多様な人々による農業用水の利用管理等を通じた、農村の潜在力を高める関係者のネットワークの力です。みんなで立て直し、農村の協働力を高めることが課題です。
さて、「世界かんがい施設遺産」は、国際かんがい排水委員会(ICID)が、灌漑の歴史発展を明らかにして理解醸成を図るとともに、灌漑施設の適切な保全に資することを目的として、建設後100年以上経過し、灌漑農業の発展に寄与したり、巧みな技術が見られる施設を登録・表彰するものです。2020年までに世界で107施設が登録され、その42施設は日本にあります。日本の42施設のうち、熊本県には、通潤用水、幸野溝・百太郎溝水路群、白川流域かんがい用水群、菊池のかんがい用水群、の4つがあります。熊本市内を流れる渡鹿用水は、この登録施設の一部で、白川から取水する斜め堰は河川工学的にも意義のあるものですが、この登録を認識している人は少ないです。農水省は、本来の目的に加えて、登録を地域活性化にどう生かすかを考えており、熊本では2022年4月の第4回アジア・太平洋水サミットの関連イベントとして、熊本市と熊本県などが中心となって「世界かんがい施設遺産サミットin熊本」を開催する計画です。
日本の農業水利の課題に対応するには、地域レベルの農業用水管理の内容、管理組織の構造と役割、そして人々と情報のつながりを見直す必要があります。国土や環境、経済、社会や文化など、持続可能性への貢献が基本的な課題です。さらに気候変動への対応も必要です。そこには、農村協働力、地域での人々の協働による農地や農業用水の保全管理が必要だと思います。これまでのように均質な小規模の農家と協働を前提にすることはできず、新たな仕組みが求められるでしょう。そのためには、継承してきた仕組みや、協働が果たしてきた役割を改めて見直した上で、新しい関係性を仕立て直すことになります。そうした状況になっているということから、冒頭申し上げたように「水土」の仕立て直しが課題と思います。
私たちが生を実感する条件の一つとして、他者と構成する組織に所属し、自他の貢献を実感し、相互に信頼していることがあり、この3つはウェルビーイングの基礎だと思いますが、水管理についても同じことがいえるでしょう。良い水管理はウェルビーイングそのものでもあるということであり、より良い水管理は、手段であるだけでなく目的でもあるといえるでしょう。こうした根源的なことをも考えて、「水土の知」を仕立て直す必要があります。最初に申し上げた7つの働きの発現とその意味を改めて検討しなければなりません。そこでは、「みんなでやる」ことの悦びが大事です。
※講演会要旨の文責は都市政策研究所にあります。
※内容の詳細は講演録をご覧ください。