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熊本の水文化

最終更新日:2007年7月4日
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 熊本の水は、今も人々の暮らしと深く結びつき、熊本の文化や産業を生み、育て、守り続けています。  そうした熊本に息づく水文化の数々を紹介します。

熊本の水文化

 

水の伝統文化 -肥後の術と道を受け継ぐ-

小堀流踏水術
小堀流踏水術 -水中で戦う武士の泳ぎ-
 鎧(よろい)や兜(かぶと)を付けて水中で戦う武士の泳法が、小堀流踏水術である。
 肥後細川藩は、歴代藩主が武用として游泳を奨励した。
 宝永年間(1704~11)、藩士村岡伊太夫は、游(およぎ)の奥義を究めて小堀流踏水術を生み出し、その子小堀長順が初代範となり伝承されてきた。
 長順は、この泳法を後世に残すために『踏水訣』『水馬千金篇』『水練早合点』を著し出版した。これは日本最古の水泳専門書である。
 水中で脚を左右に開き、足を交互に踏んで、足だけで泳ぐ立游が特徴である。
熊本県指定の重要無形文化財で、小堀流踏水会が普及と後継者の育成に努めている。
 
肥後古流 -毅然と古風の茶道を伝える-
 細川忠興(三斎)は、利休七哲の一人で、その子初代藩主・忠利も茶をたしなんだ。茶を尊ぶ細川藩の茶頭役を務めたのが肥後古流、江戸初期に始まる茶道の流派である。
 千利休正伝の奥義を利休の女婿・宗円から受けた宗円の女婿・古市宗庵が流祖となる古市流代々と、宗庵の高弟・小堀長斎、萱野隠斎(甚斎)をそれぞれ流祖とする小堀流、萱野流を総称して肥後古流という。
 現在も利休の茶の精神を受け継ぎながら、世俗に迎合せず、毅然と古風の茶を伝えている。
 

 

水の俳句 -漱石や汀女の心をとらえた水の情景-

夏目漱石
 江津湖や水前寺成趣園の清水が湧く情景は、作家たちの心をとらえ、多くの作品を生み出した。

 夏目漱石は江津湖を題材に俳句を詠んでいる。芭蕉園近くの碑には白魚の句が刻まれている。
 「ふるひ寄せて 白魚崩れん 許り也」

 漱石は水前寺成趣園も好きだったようで、たびたび訪れて句を残している。
 「しめ縄や 春の水湧く 水前寺」
 
中村汀女
 江津湖畔に生まれ育った俳人中村汀女は東京で暮らしていても、江津湖への愛着は強かった。「句想はいつも江津湖に」。心の中にはいつも江津湖の情景があった。江津湖畔に句碑が建つ。
 「とどまれば あたりにふゆる 蜻蛉かな」

初夏の水前寺成趣園を詠んだ句、すがすがしい情景が伝わってくる。
 「朝蝉や 水輪百千 みな清水」
 
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